SKYRIMオリジナル小説 「ある吸血鬼の日記」
「ある吸血鬼の日記」
ヴォルキハル城の自室にて。丁寧に掃除された室内は薄暗いものの埃臭さは無く、吸血鬼らしからぬ清潔さを保っている。月明かりの光が天窓から差し幻想的な雰囲気を醸し出していた。その月明かりの下で、僕は日記を書いている。筆を進めながら、改めて思い起こす。我ながら長い間戦い続けていたものだと。だけど初めて剣を取った時、初めて人を殺めた時の感触を僕は未だに忘れる事が出来ない。
(ふう。)
一息をつき筆ペンを下ろす。少し疲れた。蝋燭の光は嫌いで月明かりの下で書いたのだが、目が疲れるな。目を抑えているその時、部屋のドアを叩く音が聞こえた。
(ああ、彼女か。)
暇を潰しにセラーナが来たのだろう。最近は彼女も眠れないらしく度々夜に遊びに来る。最初は異性ということもあり多少胸が高鳴る事もあったのだが僕とセラーナはそうした関係では無い。そのため特に気張る事なく部屋に入れている。勿論、部屋のドアは開けたままだ。
「はい、鍵は開いてるよ。どうぞ。」
その後間も無く彼女は部屋に入る。
「夜分に失礼しますわ。外で貴方の溜息が聞こえましたのよ。どうなさいまして?」
ため息なんて珍しいですわね、と言いながらセラーナがこちらに近づいてくる。
(今はタイミングが悪いな……。)
隠すほどでもないが、あまり人には見られたくは無い。日記とはそういうものだ。なので日記が彼女の側から見えないように体でガードしつつ応える。
「実は今日記を書いていてさ。」
「まぁ、日記だなんて貴方らしいですわね。」
僕が日記を書いていると知ると、セラーナは穏やかな様子で一歩下がる。こうした動作や気遣いの1つ1つが、彼女はやはり良い育ちをしているのだと感じる。
「セラーナは……そうだな、そこの椅子に座って。」
彼女を椅子に座らせる。日記を見られるかもという余計な心配は要らなかったかな。僕は彼女のこういう所が嫌いじゃない。吸血鬼は得てして傲慢で無神経なのだが、彼女はそういった点では人格者だ。
「そうかな。普通だと思うけど。」
「いえ、定命でない吸血鬼が日記……記録を残したいと考える事自体が珍しいのですわ。」
「貴方はこの城の誰よりも人間らしいですわね。」
ぎぃ……と腰掛けた椅子の音を鳴らしながら彼女はそう続ける。これは皮肉では無い。吸血鬼になってしまった、いや吸血鬼として生きる道を選んだ僕に対する彼女なりの気遣いだと今なら分かる。だからこちらも正直に胸中を明かすのが道理だ。
「200年も眠っているとね、自分が世界に取り残されたように感じて……寂しいんだ。だから自分自身の事や世界の事、僕は忘れないようにしてるつもりでいるよ。」
「寂しい……そうですわね。」
オブリビオン動乱と呼ばれる戦いの後、親友を失い吸血鬼と呼ばれる様になった時。自分だけが一人取り残された様な物寂しさ。かつての英雄グレイ・プリンスですら耐える事が出来なかった孤独。ハルコンを倒しこの城を取り戻した後、僕の過去を彼女に打ち明けた時、彼女はただ静かに耳を傾けてくれた。あんなに長い時間人と話したのは、彼以来だっただろうか。彼も寡黙で上品な人だった。
「吸血鬼も悪くないね。」
吸血鬼はエルフと同程度の長寿、いや悠久の時を生きると言っていい。定命の者とは違い、知っている顔が少しずつ減っていくという恐怖が常に付き纏う……孤独に違いない。しかし、孤独が好きだという吸血鬼やエルフも少なくは無い。人との関わりを絶ち、研究に没頭する人も居る。それを否定はしない。それでも僕は人の繋がりが恋しい。勿論孤独な時間も好きだけれど、それ以上に他人との触れ合いの暖かさを知ってしまったからだと思う。
「ええ。少なくとも、私は貴方がいて寂しくは感じませんわ。人肌の温もりも心地良いでしょう?」
体温の無い吸血鬼の彼女が、面白いジョークを飛ばした。僕は彼女につられて笑う。こんな何気ない毎日のやり取りが、僕の心を救ってくれるのだ。
(グレイ・プリンス、貴方は吸血鬼は呪われた存在だと言った。でも……。)
(吸血鬼も悪くないですよ。)
そう思えるだけで、僕は充分だった。
終